スリランカ遠征レポート
2008年10月16日成田発~10月21日成田着
極真会館沖縄県支部 宮城健志
  10月16日、成田発午前11時に柴田自由先生と共に香港経由、目的地のスリランカへ出発しました。香港乗換えでスリランカへ直行するはずが、なぜかタイ・バンコクで経由し飛行機を降ろされ、バンコクから出発するまで2時間程かかりましたが、スリランカに着いた時には、到着時間(現地時間00:15)がぴったりだったのは驚きました。事前にタイ経由を知らなかったので戸惑いました。
 スリランカ空港では、チャンダナ先生の友人(空港関係者)に声をかけられ入国審査を通らずに別室に誘導され手続き終了、一般客とは別ルートを通って出してもらいました。
 出迎えでは、チャンダナ先生の11才と6才の娘二人に花輪を首からかけてもらい歓迎を受けました。
 コロンボ空港から目的地のクルネーガラまでは、北東約100・程の距離に位置しています。現在でもテロの危険があるためか要所では銃を持った軍人か警察らしき人達が警戒しているのを何度も見かけました。視界が30m程しかない濃霧の中の高速ドライブは、恐怖を感じながら約2時間かけてホテルに着きました。ホテルで時間確認した時は、朝の現地時間3時頃だったと思います。
 10月17日、遅い朝食後、クルネーガラを観光しました。この町は、各地方からの主要幹線道路が交わり、交通の要衝となっているそうです。町の中は人や車がごった返しており、行き交う車のけたたましいクラクションや喧噪には物凄くパワーを感じました。町には、日曜日に開催される試合のポスターが何ケ所に貼られていましたが、大山総裁の横に私の写真も使われていました。夕方には、道場に案内されチャンダナ先生の奥さんのスリランカ料理を頂きました。道場は10坪程の細長いつくりで、床はなにも敷いて無くコンクリートがむき出しでした。壁には、20年くらい前のチャンダナ先生池袋総本部、修業時代の写真や大山総裁、大石師範や七戸師範の写真も飾られていました。この道場は、空手だけでなくウエイトのジムとしても使用されており曜日事に、他の者と共同で借りているという事です。しかし、貧弱な器具が数個と唯一まともなローイング系マシンが1つだけであり、ジムと呼ぶにはあまりにも頼り無く感じました。空手の道具といえば、使い込んだパンチングミット一組だけでした。
 10月18日、午前9時からホテルとなりに設けられた会場でセミナ-が開催されました。少年部から一般部まで約130人くらいが集まり、メイン指導は、柴田自由先生が行い、私は補助にまわりました。基本、移動、型と動きを見ましたが、日本と多少違いはあるが大きく異なるというものは感じられませんでした。しかし、一つ一つの動作が大袈裟で、「深呼吸して」と言うと皆、「息吹き」状態になっていました。柴田先生の指導は、簡単な英単語を交えながら明確に動作を合わせて表現していました。柴田先生の指導力には感心し、勉強になりました。最後に私が子供達には「エンジョイトレーニング」と言って相手の後ろへ回り込む動きと、一般の大人には蹴り技の動きを、合わせて15分行い午前のセミナーを終了しました。
 セミナーでは極真館のグループ20名程が参加していましたが、セミナー終了後、その代表者のプラサンナ・フェルナンド先生(四段)と昼食を共にしました。プラサンナ先生と、チャンダナ先生は幼馴染みで日本で修業した時も一緒だったそうです。現在は、コロンボを中心に活動しているという事でした。日本語はチャンダナ先生よりもレベルが高くコミュニケ-ションが良くとれ、気づかいもできる方でした。日本の事や大会の情報を多く持っており、全日本大会で柴田先生と緑師範の試合の事を言われた柴田先生は驚いていました。
 昼食後、同じ会場で一般の大人30人くらいが参加し審判講習会を行いました。実技では柴田先生が、実演しながら何度も旗振りや笛吹き、繰り返しました。私は、日本からのテキストに沿ってもっと進めていくものと考えていましたが、旗振り等の基本動作に手惑い応急処置というか、「なんとか試合ができる」くらいの状態までもっていったという感じで、明日の大会はどうなるのだろうと懸念が残りました。
 10月19日、午後3時から試合があるいう事でそれまで柴田先生とホテルでくつろぎゆっくりできました。試合会場へは30分以上遅れて案内されました。会場入口では軽快なキャンディアンダンス(スリランカの伝統的な踊り)の歓迎を受け、そのダンスに先導され会場入りしました。会場では大会関係者だけでなく200~300人くらいの観客も総立ちで、盛大な拍手の中、迎えて頂きました。驚いたのは、試合場となる舞台はなくコンクリートむき出しの床にラインを引いているだけで、これから始まる試合に不安を感じずにはいられませんでした。セレモニーは、伝統儀式的に厳かに30分くらいかけて行われました。
 試合は、ライトクラス20名、ミドルクラス8名の2クラスに分けられていました。出場流派は、極真館、白蓮会館、円心会、内田塾、極真連合会と、まるで大阪ウエイト制大会かと思わせるような構図になっていました。試合は、予想通リ反則が多く顔面殴打、金的蹴り、つかみのオンパレード、反則のダメージで2試合後再開という試合が3試合、反則のダメージで戦意喪失というのも2~3試合ありました。
副審判の判定では、複雑な判定判断がほとんどなかったと思います。そのつど、集めて説明したり旗上げを即したりと、トーナメントの進行と共に上達しているという感じでした。
 私の主審の時2回戦に心配していた事が起りました。選手が上段回し蹴りを受けてコンクリートの床に顔面を打ち付け目の上をカット、血と粉々になった歯があたりに飛び散り一時騒然としましたが、すぐに意識を回復し大事には至りませんでした。
 演武では、私が型「征遠鎮」、チャンダナ先生が「氷柱割り」行い手技や足技で氷を割ると会場の観客は興奮し湧き上がりました。
 各クラスのベスト4あたりからは、精神的にも強い選手が残り、トーナメントのダメージがありながらも諦めずに向かっていく姿には、世界共通の極真魂を感じました。2クラス共に決勝戦では、最高の盛り上がりを見せ、選手、観客、会場が一体になって終了の笛が聞こえない状態でした。選手、審判、観客のレベルが相応なのでなんとかなるものだと感じ試合前の懸念が吹き飛びました。
大会の打ち上げでは、スリランカの辛い食べ物の洗礼を受け、ビールを飲んでお互いの国の歌を披露して宴を楽しみました。この頃になると、チャンダナ先生の疲れがピークにきているのを感じました。我々の世話とセミナーや大会の開催と駆け回り、大変だったと思います。
 10月20日、いよいよ最終日を迎えました。この日は、観光で「象の孤児院」という所につれていってもらいました。約80頭程の象が放し飼いにされておりすぐ近くで見る事できます。スリランカに来て初めて日本人に遭遇しました。象を見ながら食事をし、チャンダナファミリーとゆったりとした時を過ごしました。
 夕方6時頃クルネーガラの町を後に空港へ向かいましたが、ここで事件が起きました。車で2時間程走り、もうそろそろつく頃かなと思っていると、道路が水びたしになっており、20cm程たまったところをゆっくりと走っていましたが、進むにつれてしだいにひどくなり、湖みたいな場所では道との境目が分からず側を見ると樹や民家が完全に水没しています。車内では誰も口を開かず固唾を飲んでゆっくりと走り続けましたが、しばらくすると、前から来たトラックが「これ以上進はめないぞ!」みたいな事をわめいています。もと来た道をもどり別のルートから空港へ向かうと15分くらいで無事到着する事ができました。(最初からそこを通ればいいものをと思いました。近道をしようとしたためそういう事になったようです。)空港入口では、物々しい警戒があり、銃を持った警備に車のドアを開けられ目視で車中を確認され時は緊張しました。一時、日本へは帰れないのでは、と心配しましたが、何とかチャンダナ先生にお別れして帰路につく事ができました。
 スリランカ滞在中は、ダルシャナという弟子が我々の世話役としてついていてくれて、ホテルでもとなりの部屋に宿泊し、食事、車の運転と四六時中行動を共にしました。チャンダナ先生には大変気を使ってもらい我々に対する誠意には感激しました。
 柴田先生とは空手を中心に色々な話をしましたが、大山総裁、大石師範から受け継いだ極真を伝えるという強い意志を持っている事、海外へも積極的に出て行くいう姿勢には、大変刺激されました。これからは、英語力をつけ自分自身の空手を磨き、指導力を高める努力をします。この機会を作って頂きありがとうございました。

押忍