| 大山総裁の教え |
師範 田畑 繁 |
| 今は亡き大山倍達総裁は1964年に極真会館を設立されました。武道カラテを追求した結果、最強にして安全である直接打撃制を世界で一番早く確立しました。以来123カ国に1200万人の会員を持つ団体となったのでした。私は1979年~1982年まで内弟子を務め、1985年まで本部正指導員をしていました。その頃大山総裁が私達によく言われた言葉を紹介します。 | |
| 1.挑戦 | |
| 「君達、恐がっていたらだめだよ。私だって戦う前はとても恐かったよ。しかし、一旦試合になってしまえば命を捨てたものの勝ちだ。人が十回やるところを十五回やる。常に自分の限界を破り挑戦し続けていくところに男のロマンがある。断崖をよじ登っていく時、そこで休めば必ず落ちる。だから苦しくても一歩、もう一歩登っていくしかないよ。情熱を傾けて自分の身を殺して理想に近づいて行かなくてはならない。だから挑戦することを忘れたらダメだ」 | |
| 2.志 | |
| 「男が一度志を立てたら。それに向かって行かなくてはいけない。なり振り構わずガムシャラにやらなければならない。幸せと、安定を望んで、それを手に入れた瞬間から落ちてゆくんだ。だから、いつでも志を高くもって生きていかなくてはならないのだ。その為の、努力と苦労なら朝も夜も惜しんではならない」 | |
| 3.迷うことなかれ | |
| 「金は尊いが、金の奴隷になってはいけない。お金が目的であってはいけないのだ。あくまでも手段に過ぎない。お金を失う事は小さい事であるが、勇気を失う事は大きな事だ。勇気を失う事は自分を失う事だ」 | |
| 4.苦しみから逃げるな | |
| 「君ねぇ、自分が苦しい時は相手も苦しいんだよ。だから、相手が休んでいた時に自分も休んでいたら何にもならないよ。そこで一歩踏み込んで進むんだ。この一歩が出来るか出来ないかが勝負の分かれ目だよ。苦しい時に苦しさから逃げようとすると苦しみが後ろから追ってくるんだ。だから苦しみを反対に追っていくんだよ。苦しみを追っていけば、苦しみは逃げて行くよ」 | |
| 5.臥竜 | |
| 「私は臥竜という型が好きだ。何故なら竜が空に飛び立ち、天に昇っていくからだ。いいか君達、竜は湖の底深くに住んでいる。そしていつも天を見ているんだ。雲が来るのをじっと待っているんだ。一年かもしれない。二年かもしれない。そして雲が来た瞬間に、雲に乗り天に帰って行くんだ。いいか君達、チャンスは一回切りだよ。二回も三回もないよ。だから竜はいつでも飛べるように爪を磨き、雲に乗る用意をしているんだ」 |
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| 6.ネバーギブアップ | |
| 「極真カラテを稽古している者は、普通の人の考え方や行動をしてはいけない。物の見方、考え方、行動の仕方がまるっきり違っていなければ成功しないよ。人様と同じように考えたり、仕事をしたり、休んだり、嫌がったり、喜んだり、努力してもダメだ。組手もそうだ。自分だけの間合い、受け、技というものを研究し、探求しなければいけない。だから決して諦めたらダメなんだよ。ネバーギブアップだ」 | |
| 7.母親 | |
| 「あのね、本当に強い人になろうとしたら、弱いものを助けてやらなくてはならない。人前で威張っていて、強がっている奴、集団を組む奴は偽者だ。家の中ではお母さんが一番弱い。だからお母さんを大切にしなくてはいけない。自分を産んでくれて、何の見返りも考えず愛情をたっぷりとかけて育ててくれたお母さんの恩を忘れたらダメだよ。不幸にもお母さんがいなくても、お母さんの代わりの人はいるはずだ。親孝行の出来る人が友を大切にし、故郷を思い、日本を愛し、世界の平和を考える事が出来る。だから君、偉くなろう、強くなろうと思うのなら、まずはお母さんを大切にしなさい。そして立派な人になったなと言われなければだめだよ」 | |
| 8.極真は | |
| 「真は三年、極は三十年という意味である。石上三年を私は十年と言っているが三十年間稽古しなければ、極真の意味は分からないよ。自分の体力を極め、技を極め、組手を極める。しかし、自分自身を極めることを忘れてはいけない。君の人生は君の物であって、君は主人公なんだから、全力で努力精進して全てのことから逃げずに体験することだ。この体験だけが自分の自身となり、血肉となり、宝となるんだから」 | |
| 9.極真精神の意味 | |
| 「頭は低く、目は高く、口慎で心広く、考を原点として他を益す。頭を低くとは、驕ることなく。目を高くとは、高い志を堅持すること。口慎んで心広くとは、人の悪口を言ったり、口先だけの人にならず、人や物を慈しむ大きな心。考を原点とし、親、師、先輩、友人、国を愛し、恩と感謝の心を持つ。他を益する。自分が人の為、世の為になりたいと行動すること」 | |
| 10.正拳 | |
| 「私は未だに疑問に思うよ。この正拳の握り方が正しいのか、いつも考えている」
大山総裁は1994年、70才で亡くなるまで、この言葉を言っていました。私には戒めに思います。牛を倒し、その角を折った私でも、これで本当に正拳が正しいのか、正しくないのか、「人間は完全はあり得ない。しかし、完全を目指す所が極真の道への修業である」と。「君達慢心してはいけないんだよ」と。そして大山総裁は70才まで週三回内弟子稽古、茶黒帯研究会の指導をしておりました。生涯現役、一武道家でした。弟子に後ろ姿をいつも見せていたように思います。「私は稽古をして心を正しているんだ。だから空手着を着て稽古をしているのだよ。空手着を着て稽古している人から尊敬され、先生、師範と呼ばれといるのだ。空手着を着なくなったらただの人だよ。君、忘れてはいけないよ」亡くなる直前まで「覇気」を大切にするよう言っておられました。「覇者王道」とも言っていました。勇気は丹田力、丹田力は覇気、この覇気ならずに物事の成就はならないという意味だと思います。「覇気は万事の元」。空手は徒手空拳。何も持たないからこそ「覇気」を強くして技を磨き、日夜鍛錬し、自信を持ち、その上で個人を尊重し、礼していく事が、「日本の心」、「日本の精神である」という事を忘れずにいたいと思います。大山総裁は「日本人が東洋の心、日本の心を忘れてしまったらだめだよ」と常日頃から言われました。 |
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